洋ゲーの吹き替えの話

洋ゲーが日本語化される時、それが「吹き替え版」だと必ず出現する意見に、
「声は英語のままがよかった」
と言うものがある。

ヒアリングで意味を理解できない人までが、そんなことを言ってしまうという、ローカライズの不思議に対する話。



■英語音声が好きな理由
英語音声至上派には、ふた通りのタイプがいる。
ひとつ目は「原理主義派」で、もうひとつは「雰囲気派」である。

原理主義
これは元々の俳優や、英語版での演者を「本来意図された音声」として扱う風潮である。
アメリカ映画などの場合は、俳優は英語で演技しているので、その演技を楽しみたいと思ったら、英語音声でないとダメだ。
これをゲームにまで持ち込んでいるのが、この原理主義派だ。

・雰囲気派
一方の雰囲気派は、英語音声だと「なんとなくかっこいい」という理由で英語音声を推進する傾向のもの達だ。
これも元々は洋画における、字幕と吹き替えの関係から派生していて、「英語音声の方がこだわりを感じられる」「それを理解する自分はカッコイイ」という理由による。

結局の所、どちらの場合も「英語だとカッコイイから」でまとまる。



■ダサイと下手は違う
英語だとカッコイイというのは、美醜が相対基準であるのと同様のロジックで「日本語音声はダサイ」という事も示している。

実はこの「ダサイ」というのは、「演技が下手」というのとほとんど同意になる。
つまり、演技がうまければ、ダサくはなく、日本語音声でもOKになるはずだ。

例えば、「スーパーストリートファイター4(AE)」では、日本語音声と英語音声が含まれているが、このゲームで英語音声を選択している人はあまり居ないのではないか?というのがその理由だ。

調べたわけではないので、本当にそうなのかは分からないが、私の周りの人間は皆、日本語音声でプレイしているし、大会や動画配信で見ても、そのすべてが日本語音声である。
海外の大会でも日本語音声なのだから、「このゲームは日本語音声が主流」と考えてもおかしくないだけの理由にはなろう。

リュウやさくらは、日本語を話していてもおかしくはないが、ダッドリーやローズは日本語は話しそうもない。それでも、別に日本語音声で満足してプレイ出来ているのは、

・日本語音声の演技がうまい
・そもそも元々がキャラクターに対する吹き替えである

という二点が強く影響していると考えられる。

  
   有名声優で固めればいいかと言えば、そうでもないんだよなあ



■吹き替えはダメじゃない
ゲームの音声の場合、「大物ハリウッド俳優が吹き替えしてるよ!」みたいな凄まじい例外を除けば、「そもそもすべてが吹き替え」である。

ならば、英語だろうと日本語だろうと「演技がうまい方がいい」し、同等くらいのクオリティであるならば「日本語のが便利」という結論になる。
※マニアックな例外として、「意味の分からない英語音声の方が、異世界感が出る」などはここでは無視する。分かるし。

今までのPCゲームのローカライズの吹き替えがひどい状況なのを考慮して、「吹き替えはダメだー、英語音声がいい」って言うのは、理解できる意見だ。
しかし、その根幹の問題である「日本語音声の演技が下手なのは嫌だ」っていう部分を「吹き替えは嫌だ」に置き換えているのは問題である。

私はジャッキーチェン世代なのだが、ジャッキーの声は日本語のあの声だし、刑事コロンボの声も日本語のあの声だ。
要するにうまくて、役にあってれば、「日本語音声のがいい」のだ。

質の高いローカライズを促す為にも、「吹き替えは嫌だ」ではなく「演技が下手すぎて不快だった」という感想を言うようにしよう。
私は日本語音声で遊びたい。文字読みながら、敵探して撃ってたら忙しすぎる。